駄菓子の主な原料は、その地方の特産物であるという。江戸時代、文化が貧しかった東北地方は、保存が利いて、形が大きく、腹持ちする食べ物が必要だった。橘きび、粳きび、粟きび、とうもろこしきびを「ほしいい」と言って、伊達藩独特の製法で携帯食を作り、それを参勤交代や野戦で、食糧として食べたらしい。その「ほしいい」を原料として菓子種をつくり、それで駄菓子の柱となる「おこし類」ができる。甘さはつるし柿の甘さが基準で、精選された黒砂糖や米飴などを使う。どうやらどんなに甘くても、口に甘さが残らない。きな粉、胡麻、胡桃、粟などを使った「ねじり菓子」に、「餅菓子」。素朴な味は体にもいいものばかりである。それらに、色や形で、季節感をだすのだ。元禄のころ、塩釜に漂着した南京人から伝えられた南京糖。村人が、残りのお米で作り始めたテンノコニギリのおこし。怪力熊童子が石臼でひいた大豆粉で作ったクマネジリ。うめこやだるま飴……。どれもひとつひとつに、伝説があるようだ。幼い頃、あまり駄菓子を□にしたことがなかった私には、懐かしいというより、新鮮に感じる。テーブルの上に並べると、玩具箱をひっくり返したみたいに、賑やかになる。寵いっぱいに入ったそんな駄菓子は見ているだけで、楽しい。郷土駄菓子を次のお中元は贈ってもらいたい。